政策はどこに線を引くかで決まる――公共性から考えるパブリックアフェアーズ

コラム

公共性とはなにか?

 政策に関わろうとする際に大切なことがあります。それは公共性への配慮です。公共性とは、「公共の△生活(利害)にかかわる度合」(『新明解国語辞典』第六版、三省堂、2007 年)を意味します。これだけでは、いまひとつ分かりにくいかもしれません。そこで、齋藤純一氏による、公共性と共同体とを対比する議論を引きます。

①「共同体が閉じた領域をつくるのに対して、公共性は誰もがアクセスしうる空間である」
②「公共性は、共同体のように等質な価値に充たされた空間ではない」
③「共同体では、その成員が内面にいだく情念(愛国心・同胞愛・愛社精神等々)が統合のメディアになるとすれば、公共性においては、それは、人びとの間にある事柄、人びとの間に生起する出来事への関心(interest)――interest は“inter-esse”(間に在る)を語源とする――である」
④「アイデンティティ(同一性)の空間ではない公共性は、共同体のように一元的・排他的な帰属(belonging)を求めない。」(齋藤純一『公共性』岩波書店、2000 年、5-6 頁)

①公共性は誰もがアクセスしうる

 公共性は、ドイツ語では Öffentlichkeit と表現されます。その語源は offen、英語の open にあたる語です。公共性は、開かれていること、閉じた領域を持たないことを条件としています。この点で、内と外との境界線をつくりだす共同体とは異なります。

②等質な価値に充たされていない

 共同体では、宗教や文化といった価値が統合の鍵となります。これに対して公共性では、人びとの持つ価値が互いに異なることが前提にあります。公共性は、さまざまな価値や意見のあいだに生まれる空間なのです。そのため、そうした「間」が失われると、公共性も成り立たなくなります。

③人びとの間に在る事柄や出来事への関心

 共同体は、愛国心や同胞愛、愛社精神といった統合のメディアを持ちます。他方で公共性は、先に見た通り、人びとの間にあるものを媒介として生まれる空間であり、人びとの差異を条件としています。

④帰属を求めない

 公共性の空間では、人びとは複数の集団や組織に多元的に関わることができます。一人ひとりのアイデンティティが、ひとつの集団への帰属だけで形づくられることは想定されていません。

 以上のように、公共性においては、同化と排除とが不可欠とされることはありません。公共性は、多様な価値が併存し、人びとが共通の世界にそれぞれ異なる仕方で関与していく言説の空間として立ち現れます。この公共性の世界で重要なのは、誰が語ったかよりも、何を語ったかです。意思決定の権限を持つ人が何かを語れば、物事が動くことはよくあります。しかし公共性の世界では、それよりも、語られた内容によって価値が測られることが求められます。

 この意味で、パブリックアフェアーズにおいて重要なのは、何を語るかです。もちろん、一定以上の規模を持つ企業や団体の提言書が考慮されやすい状況は、たしかに存在します。しかしそれは、小規模な事業者や団体の意見が一顧だにされないということを意味しません。公的な政策や議論に関わる際には、一定のマナーやルール、手続きがあります。それを知らなかったり、守らなかったりするれば、声が届かないおそれは大きくなってしまいます。ここに課題があります。

 公共性には、ひらかれていることが求められると先に述べました。これはその通りです。とはいえ、実際には閉ざされていると感じられることも多いのではないでしょうか。これは一体、なぜなのでしょうか。

政治への関わり方

 多くの場合、この問題は、同じ領域について語っていても、文脈が違う、対話的でないと受け取られてしまうことから生じています。このとき必要なことはシンプルです。

 まず、相手が何を考えているのかをよく知ることです。そして次に、組み立てる声明や提言を、対抗的なものにしすぎないことです。というのも、巷間の議論では、政治が右と左の対立、保守と革新の相克として捉えられがちです。しかしプラグマティカルに言えば、意思決定の場で重視されるのは、右か左かという価値観よりもむしろそのバランスです。言い換えれば、政治は原理の問題ではなく、程度の問題なのです。分かりやすい例としては、最低賃金、道路の制限速度、選挙権年齢などが挙げられます。

 最低賃金については、制度そのものの存否を問う議論はあまり目にしません。しかし、その額の引き上げをめぐっては、毎年議論が続けられています。社会や経済の情勢に応じて、必要な範囲での調整が求められているためです。道路の制限速度も同様です。2026 年9月1日から、中央線や車両通行帯のない一般道路、いわゆる生活道路における自動車の法定速度が、従来の 60km/h から 30km/h に引き下げられました。ここでも問われたのは、速度規制の是非ではなく、どこに線を引くかでした。選挙権年齢も同じです。2015 年の公職選挙法改正により、選挙権年齢は満 20 歳から満 18 歳に引き下げられました。若者の政治参加を否定する議論はほとんどなく、何歳から認めるのが妥当かが議論されていたのです。これらは、政治が原理の問題ではなく程度の問題であることを示す、好個の例と言えるでしょう。

 この点は、パブリックアフェアーズにおいて、法改正や規制強化といった動きに実際に取り組む際にも重要です。まず求められるのは、次の四点を深く理解することです。

①問題の特定:どのような問題があるのか
②基本的考え方:どのような考え方のもとで改廃などの動きが起きているのか
③あてはめ:その考え方がどのように運用されているのか
④法文と規制:その結果、どのような法文や規制が出てくるのか/すでに出てきているのか

 そのうえで、それらをどのように変えたいのかを検討することになります。たとえば、規制の骨格そのものは残しつつ、例外規定を設けることなどによってバランスを取るのは、よくある技術的な対応です。法文や規制そのものを正面から問うことには、困難が伴う場合が多いからです。政治や行政による意思決定では、原理を問うべき問題よりも、程度を問う問題のものが大半を占めます。この見極めを丁寧に行うことが重要なのです。

まとめ

 公共性とは、誰もがアクセスでき、異なる価値を持つ人びとのあいだに生まれる空間です。そこでは、誰が語ったかよりも、何を語ったかによって価値が測られます。したがって、規模の小さな事業者や団体であっても、手続きを踏まえ、相手の文脈を理解して語るならば、その声が政策に届く余地は十分にあります。

 そのとき鍵となるのが、政治の多くは原理の問題ではなく程度の問題である、という認識です。もちろん、原理そのものが問われる局面もあります。しかし、実際の意思決定の場で調整の対象となるのは、多くの場合、どこに線を引くかという程度の問題です。問題の所在、基本的な考え方、その運用、そして法文や規制の姿を丁寧に読み解き、どの程度をどのように動かすのかを具体的に示すことが求められます。相手を打ち負かすための提言ではなく、相手が受け止められるかたちの提言を組み立てることが、ひらかれた公共性のなかで声を届けるための第一歩になるのです。

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