企業がパブリックアフェアーズに取り組む時
自社の事業にかかわる規制の見直しが、審議会で議論されはじめたとします。そのとき、企業のなかでは何が起きるでしょうか。
まず、法務の担当者が改正案の内容を読み解きます。事業部門は、現場への影響を見積もります。広報は、社外にどう説明するかを考えます。経営層は、会社としての立場を決めなければなりません。そのうえで、行政や議会、業界団体、取引先、地域の人びとといった関係者に、何を、いつ、どのように伝えるのかを組み立てていきます。パブリックアフェアーズとは、このように社内の複数の部門の知見を束ね、社外のさまざまな関係者と向き合っていく、本来的に部門を横断する営みです。
しかも、この営みには期限があります。たとえば、行政手続法にもとづく意見公募手続(いわゆるパブリックコメント)では、意見を提出できる期間は原則として 30 日以上と定められています。その三十日ほどのあいだに、論点をつかみ、社内の見解をまとめ、文書にして提出しなければならないこともあります。
ところが、実際に取り組んでみると、思うようには進みません。社内の調整に時間がかかって、意見の提出期間を過ぎてしまうことがあります。各部署の意見をつなぎ合わせた結果、何を求めているのかがぼやけた文書になることもあります。リスクを指摘する声に押されて結局は何も発信しないまま終わることもあれば、業界団体が対応するだろうと考えて、自社としては動かないこともあります。
ここで注目したいのは、こうした場面で、個々の担当者が無能だったわけではないという点です。法務の担当者は法文を正確に読み、事業部門は現場を誰よりもよく知り、広報は伝え方に長けています。それにもかかわらず、会社としての対応は遅く、焦点を欠き、ときに何も生み出しません。一人ひとりは有能なのに、組織としては事に適切に対応できないというこの状態を、私は組織的無能と呼んでいます。企業がパブリックアフェアーズを機能させるには、まずこの組織的無能と向き合わなければなりません。
組織的無能とは何か
組織的無能とは、構成員一人ひとりが課題に対応するのに十分な知識と判断力を備えているにもかかわらず、組織が集合として動くときに、その能力を持ち寄った水準を下回る対応しかできない状態のことです。その原因は、個人の能力不足や外部の制約ではなく、人と人との結びつき方や組織の仕組みにあります。
この考え方の要点は、無能の所在を個人ではなく、個人と個人のあいだに置くことにあります。社会心理学では、集団が実際にあげる成果は、本来あげられるはずの成果から、調整や動機づけがうまくいかないことによる損失を差し引いたものになると説明されてきました。組織的無能とは、この損失が組織の対応力を大きく損なっている状態だと言えます。
組織的無能は、次の三つの局面に現れます。
- 速度:事態に気づいてから判断し、動き出すまでに時間がかかりすぎる
- 判断の内容:会社としての判断が、社員が持っている知見の総和を下回る
- 実行と事後処理:決めたことが現場で形骸化したり、誤りが修正されないまま続く
よく似た言葉に、有能な平社員は無能な中間管理職になる、というピーターの法則があります。しかし、ピーターの法則が個人の無能を問題にするのに対して、組織的無能は、有能な個人がそろっていても生じる点で異なります。
むしろ組織的無能は、個人の有能さの帰結として生じることさえあります。有能な人ほど、組織のなかの規則や評価に合理的に適応し、摩擦を巧みに避けるからです。組織行動の研究者クリス・アージリスは、摩擦を避ける対人的な熟練がかえって組織の学習を妨げるという逆説を、熟練した無能(skilled incompetence)と呼びました。組織的無能は、優秀な人材を集めれば解消される問題ではないのです。
企業における組織的無能がなぜ発生しているのか
では、企業のなかで、組織的無能はどのようにして生じるのでしょうか。私たちは、その仕組みを5つに整理しています。
知の集計不全
パブリックアフェアーズに必要な情報は、社内に散らばっています。規制の中身は法務が、現場への影響は事業部門が、行政や業界の動向は渉外の担当者が、それぞれに持っています。ところが、それらを会議の場に持ち寄ると、全員がすでに知っている情報ばかりが話題になり、一部の人しか知らない情報は埋もれがちであることが、社会心理学の実験で知られています。加えて、上位者や多数派の見解に異を唱えにくい雰囲気があれば、現場の懸念はますます上がってこなくなります。一人ひとりが正しい見立てを持っていても、それが会社の判断に束ねられないのです。
責任の空洞化
パブリックアフェアーズは、担当する部署や責任者が定まりにくい仕事です。法務、広報、経営企画、事業部門のいずれもが関係する一方で、いずれの部署にとっても本業ではありません。関わる人が多いほど、誰もが誰かが対応するだろうと考え、結果に責任を負う主体が消えていきます。稟議に押印する人が増えれば、そのぶん一人ひとりの責任は薄まります。
同じことは、企業と業界団体のあいだにも起こります。各社が業界団体に任せておけばよいと考えれば、相応の労力を担う社は現れず、業界全体として必要な働きかけがなされないまま終わります。個々の合理的な判断が、集合としての利益を実現できないという、集合行為の問題です。
ルールの自己目的化
社外への発信には、正確さを保ち、リスクを抑えるための規程や承認手続きが欠かせません。しかし、手段であったはずの規程の遵守が目的になると、手続きを踏むことそのものが仕事になり、何を伝えるべきかという判断が後回しになります。前例がないという理由で、新しい論点への対応が見送られることもあります。規則が判断を助けるのではなく、判断に取って代わってしまうのです。
情の防衛
行政や政治と関わることに、漠然とした不安を抱く社員は少なくないでしょう。批判を受けるのではないか、誤解を招くのではないか、失敗したら誰の責任になるのか。こうした不安が強いと、組織は課題に向き合うよりも、不安を避ける方向に動きます。発信しないこと、決めないことが、もっとも安全な選択に見えてしまうのです。精神分析の知見を組織の研究に応用した研究は、組織の仕組みそのものが、構成員を不安から守るための防衛として働き、仕事の効率を損なうことを明らかにしてきました。
時の慣性
承認の段階が多いほど、物事は遅くなります。政策の実施を分析した古典的な研究は、関係者の合意を要する関門が重なるほど、全体として成功する見込みが大きく下がることを示しました。また、一度決めた方針は、状況が変わっても見直されにくくなります。業界として長年掲げてきた主張を、制度の前提が変わったあとも繰り返してしまうのは、その一例です。
平時の有能さの裏面
ここで見落としてはならないのは、これらの仕組みの多くが、平時の事業運営ではむしろ会社を支えているということです。分業は専門性を高め、承認手続きは誤りを防ぎ、ルールはリスクを抑えます。ところが、パブリックアフェアーズは、部門を横断し、前例が少なく、期限が限られ、社外と向き合う営みです。平時に会社を支える仕組みが、こうした局面でそろって裏目に出るとき、組織的無能が表に現れます。組織的無能は、平時の有能さの裏面であるとも言えます。
どのようにすれば解消できるのか
組織的無能は、個人を責めても解消しません。担当者を入れ替えても、仕組みが変わらなければ、同じことが繰り返されるからです。必要なのは、先の5つの仕組みに一つひとつ手を打つことです。
- 情報を束ねる場をつくる:
パブリックアフェアーズにかかわる部署が、定期的に情報を持ち寄る場を設けます。その際、会議の前に各部署が持つ固有の情報や懸念を個別に書き出してもらえば、共有された情報ばかりが話題になる偏りを抑えられます。場合によっては、notion 等に各部署の情報をすべて収載し、相互に閲覧が可能な状態にしておくのもひとつでしょう。あえて反対の立場から検討する役を置くことも有効です。 - 責任と権限を明確にする:
パブリックアフェアーズの責任者を定め、どこまでを自らの判断で進めてよいかという権限の範囲を、あらかじめ決めておきます。『孫子』は、将が有能で君主がこれに口を出さなければ勝つ(「将の能にして君の御せざる者は勝つ」謀攻編)と説きました。任せた以上は細部に介入しないことも、組織の速度を保つうえで欠かせません。とはいえ、「兵とは国の大事なり」とも述べられています。活動をする以上は、細部まで把握し、方向性等の大きな判断は経営側が下すようにすることも重要です。 - 規程を目的に従わせる:
承認手続きや発信の規程に、何のための手続きなのかを明記します。そのうえで、どのような内容であれば担当者の判断で発信してよいのかという基準を、平時のうちに定めておきます。『礼記』中庸の「凡事豫則立、不豫則廃」、すなわち何事も備えがあれば成り、備えがなければ廃れるという言葉は、ここにもあてはまります。ルールはあくまで手段にすぎません。有事に際しては、ルール変更等は弾力的な措置―「備え」―に当たります。 - 不安を言葉にし、手続きをひらく:
社員が抱える不安を言葉にして共有し、異論や懸念を口にしても不利益を被らないという心理的安全性を確保します。また、働きかけの内容や根拠を可能な範囲で公開し、ひらかれた手続きで進めることは、社外からの疑念を減らすだけでなく、社内の不安を和らげることにもつながりますし、民主主義そのものへの貢献にもなります。 - 振り返りの回路をもつ:
働きかけが一区切りつくたびに、結果だけでなく、その前提にあった判断や社内の進め方そのものを振り返ります。政策動向を継続的に把握し、早い段階で論点に気づくことができれば、社内の調整に使える時間そのものを増やすこともできます。
そして、これらの仕組みを整える責任は、一義的には経営層にあります。組織的無能は特定の個人に責任を帰せられないため、何かが起きると、担当者の過失か、やむを得ない事情として片づけられがちです。しかしそれでは、仕組みそのものは温存され、同じ失敗が繰り返されます。個々の行為の責任とは別に、仕組みをつくり、または放置したことの責任を経営が引き受けることが、解消の出発点になります。
パブリックアフェアーズのみならず事業にどのように寄与するか
組織的無能の解消は、パブリックアフェアーズのためだけのものではありません。部門を横断し、前例が少なく、速さが求められ、社外と向き合うという特徴は、事業のさまざまな局面に共通しているからです。その意味で、パブリックアフェアーズは、会社が組織としてどれだけ有能であるかを測る試金石でもあります。
新規事業(スタートアップ)は、その典型です。新しい事業は既存の制度の枠に収まらないことが多く、事業部門と法務が早い段階から知見を持ち寄らなければ、制度上の課題に気づくのが遅れます。知の集計不全を解消した組織では、事業の構想と制度への対応を並行して進められます。
危機の予防と対応も同じです。チャレンジャー号爆発事故をめぐる研究は、有能な技術者の集団が、危険の兆候を少しずつ許容していく過程を描き出しています。福島原子力発言所の事故についても同様の事象が観測されています。現場の懸念が組織の判断に届き、誤りをふりかえる回路をもつ組織は、不祥事や事故の芽を早いうちに摘むことができます。
また、組織的無能を解消することは、社員の力を生かすことでもあります。有能な人材を採用しても、組織の仕組みがその力を打ち消してしまえば、投資は報われません。知見が束ねられ、責任と権限が明確で、異論を口にでき、振り返りがなされる組織では、一人ひとりの有能さがそのまま会社の力になります。そうした組織は、力を発揮したい人にとって、働く場所としての魅力も増します。
さらに、パブリックアフェアーズで培われる社会との対話の力は、事業を社会に根づかせる力そのものです。制度の整備と、関わる人びとの理解の両方を得ながら事業を進められる企業は、社会の変化を脅威としてではなく、自らの挑戦の機会として受け止めることができるでしょう。
まとめ
企業がパブリックアフェアーズに取り組むとき、壁となるのは社員一人ひとりの能力ではなく、有能な個人が集まっても事に適切に対応できないという組織的無能です。その背景には、知の集計不全、責任の空洞化、ルールの自己目的化、情の防衛、時の慣性という5つの要素があり、その多くは平時の事業運営を支える仕組みとの合わせ鏡でもあります。
解消の鍵は、個人を責めることではなく、仕組みを整えることにあります。そしてその取り組みは、パブリックアフェアーズを機能させるだけでなく、新規事業や危機への備え、人材の活用といった、事業の土台そのものを強くします。
『孫子』は、戦いに巧みな者は勝利を勢に求め、人を責めないと説きました。人を責めるのではなく、人が力を発揮できる勢をつくることが、企業が社会とともに政策の扉をひらいていくための確かな一歩になると、私たちは考えています。私たちが、パブリックアフェアーズを実施するにあたって、まず組織の健全化に努めるのは以上のような理由です。
政策にかかわる課題、ひとりで抱えていませんか
Hiraku Lab.は、パブリックアフェアーズの視点から、制度や政策にかかわる課題の整理と解決をお手伝いします。
具体的な課題が固まっていない段階でも構いません。
